松平丹波守様御検地帳
番号 59 指定別 種目 古文書 種別 美術工芸品
名称 松平丹波守様御検地帳 【写真】
ふりがな まつだいらたんばのかみさまごけんちちょう
員数 1点
時代 江戸
年代 寛文11年5月2日
西暦 1671年
作者 加納藩
構造・形式
寸法・重量
面積
和紙綴り 縦 27.5cm 横 19.5cm 【位置図】
指定番号 北教第73号
指定年月日 平成13年6月18日
所在地 岐阜県本巣郡北方町柱本1丁目177-1
所有者 木野村 公
所有者住所 岐阜県本巣郡北方町柱本1丁目177-1
管理者 木野村 公
特筆事項  
解説 修理等の履歴
寛文11年(1671)5月に、北方村・柱本村などに検地が実施されている。この検地は、寛文8年9月に加納城主松平丹波守光重の造領七万石のうち、六万石は嫡子松平長門守光永、五千石は二男戸田孫十郎光正、あと五千石は三男戸田孫七郎光直へ分知したので、旗本戸田光直の新領地になった各村へ加納藩によって内検が施行されたものと思われる。 その時の北方村、柱本村の検地帳が残存しているが、それをみてみると、検地統括役人は、目付の相沢新之丞・鶴見吉之丞、奉行の水崎左次兵衛・森嶋彦右術門・大津嘉右衛門・河合市兵衛の計六名で、その下に実地の測量を担当する下役人が六名(森新右衛門・近藤与兵衛・吉柴新五左衛門・山田五郎左衛門・藤井及右衛門・関孫兵衛)おり、それぞれに組をつくって、村役人と有力な百姓を竿取・地引・帳付・古帳合せに任命して、検地を実施した。北方村の場合、竿取は弥右術門・米左衛門・弥兵衛・門左衛門・元右衛門・与五太夫であり、柱本村の時には弥兵衛と与五太夫が帳付になっている。 この検地帳は、柱本村のものである。 年月日 内容
   
   
   
   
   
   
   
   
   
説明板
有無・設置者 なし
 
材質等  
老朽度等  
【写真1】
【写真2】
【写真3】
【写真4】